日本汉学
唐代的长安与洛阳(地图篇) 豆瓣
作者:
[日]平冈武夫编
出版社:
上海古籍出版社
长安和洛阳这两个都城,是唐代文化画卷在其上展开的最主要、最大的场所。因此,了解这两个都市的宫殿、街道、道路、市场、寺庙乃至园林、住宅等等的状态和位置,或者一个街坊中知名的居住者的情况等等,对于具体地了解唐代的人文事实,十分有用。编者根据文献描绘编制了长安城图、六坡图、长安坊里图等47幅和阁本兴庆图、长安南郊图等5幅插图
楚辞とその注釈者たち 豆瓣
作者:
小南 一郎
出版社:
朋友書店
2003
- 7
日野開三郎東洋史学論集 第8巻 豆瓣
作者:
日野開三郎
出版社:
三一書房
1984
清代中国琉球貿易史の研究 豆瓣
作者:
松浦 章
出版社:
榕樹書林
2003
- 11
近年の新発掘史料を駆使し、中国と琉球との間で行われた朝貢関係に依存した貿易がどの様なものであったかを明らかにする。
中国善书研究 豆瓣
作者:
【日】酒井忠夫
译者:
刘岳兵
/
何英莺
…
出版社:
江苏人民出版社
2013
- 11
《中国善书研究》主要内容:“善书”即劝善之书,不仅常见于宋代以后的史籍,在民间也广为流传。始于《感应篇》的中国庶民文化中的善书运动,在明末清初达到高潮。《中国善书研究》是酒井忠夫教授在其博士学位论文基础上积其毕生精力而完成的一部经典著作。上卷论述了自宋代到明末清初善书的制作、流通及其与当时的中国政治、社会、文化各方面的关系;下卷论述了从明末清初到清末与善书相关的诸问题,并阐述了善书文化在日本、朝鲜等中国周边地区的传播情况。《中国善书研究》史料翔实,以善书这一历史现象为主线,对明末清初庶民社会的历史、王朝的民众教化政策及民众救济福利政策、
三教合一思想等进行了综合性研究。阐明了明清时代特别是明末清初在中国历史。
三教合一思想等进行了综合性研究。阐明了明清时代特别是明末清初在中国历史。
中国村落と共同体理論 豆瓣
作者:
旗田 巍
出版社:
岩波書店
1973
- 4
静嘉堂文庫宋元版図録 豆瓣
作者:
静嘉堂文庫
出版社:
汲古書院
1992
- 4
静嘉堂文庫は、 三菱二代社長岩崎彌之助氏によって創設され、 平成四年創立百周年を迎えた。 和漢の善本の蒐集に努め中でも清国の陸心源蔵書を中核とする宋元版は世界屈指の宝庫である。 宋元版253部の一大図録が完成。文庫略史・宋元版解説・各種索引付き。
岩波講座 「帝国」日本の学知 3 東洋学の磁場 豆瓣
作者:
岸本 美緒 編集
出版社:
岩波書店
2006
- 5
アジアを研究対象とする近代日本の人文社会科学は,欧米の東洋学と中国の伝統的学問を強く意識しながら,それらとの交流と対抗のなかで発展していった.その緊張した磁場を体感しつつ,日本とアジア諸地域との双方向的視点と,今日のアジア学につながる長期的視野から,近代日本の東洋学の軌跡を振り返る.
朱熹の思想体系 豆瓣
作者:
土田 健次郎
出版社:
汲古書院
2019
【「序」より】(抜粋)
本書は、朱熹の思想体系全般の論述を試みたものである。…朱熹の理論構築を検討する時に必要なのは、朱熹が自己の主張の説得力をどこに持たせようとしたかを考えることである。時には論理そのものの力により、時には経書の権威を借り、時には当時の通念に頼る。また朱熹の表現のしかたも問題になる。「Aは即ちB」と書いてあっても、文字通りAとBが合同であるという意味から、Aの一部がB、逆にAの一部がB、という意味まで多様である。ただこれらのことを妥協とのみ見なすのは、我々の驕りである。我々とても時に朱熹以上に理論以外の要素を自己の論述に紛れ込ませているではないか。むしろ考えるべきなのは、自他を納得させるには、我々が雑多な夾雑物と見える要素が必要だったということであり、我々はそのような形を取る思想表現の姿というものを正確に把握しなければならないことである。このような要素をも確実に掬い上げてこそ朱熹の思想研究は充実したものになるはずである。
朱熹の思想体系を描くには、彼の膨大な文献から、学説の柱として重ねて強調されている諸主張を摘出し、それらの相互関係を解明することが有効であろう。わずかの例に固執し、それにはずれる他の多くの論述を無理に否定するような試みに紙数を割くことは徒労である。また片言隻語から「哲学的に」引伸し、朱熹があずかり知らぬ地平にまで行ってしまうのも同様である。更に後に「字義」の類が流布した影響もあろうが、理、気、性、惰、という語に過度にこだわるため、朱熹がそれらを駆使して表現したかった当のものを逃すことも往々にして見受けられる。朱熹はこれらの語を規定するために思想を組み立てたのではなく、これらの語の組み合わせから思想を浮かび上がらせようとしたのであり、それこそを把握しなければならない。朱熹は、性や心は言葉では説明しきれないということを明言することがある。その意味は重い。
また朱熹が駆使する用語は、以前から使用されてきた伝統的なものが中心であるがゆえに、往々にして複数の意味が含み込まれていて、その用語が他のいかなる用語との対比されるかで意味の力点が変化する場合も少なからずある。それゆえ各用語は常にどのような状況で使用されているかを考慮しながらその意味摑まねばならず、具体的作業は本書の随処に行っている。
ともかくも朱熹思想の研究は、資料全体からその骨格を把握し、それで各用例をどこまで説明できるかを検証し、またそこから先に把握した骨格の妥当性を検証するといったフィードバックを繰り返さなければならないのである。
更に朱熹の思想を扱う場合には、一つ大きな問題がある。それはこの思想が聖人を目指して修養する人間にとって意味を持つ思想であることである。たとえば朱熹が湖南学から脱却し一応の定説を四十歳で確立したのは、湖南学の説く已発中心の修養を実修していてその効果に疑問を持ったということが大きかった。もちろんそれに対する理論付けも行っているのだが、実修体験がなくてはその理論の持つ説得力も半減する。このような体得を前提とした思想をどのように扱うのかという問題もつきまとってくる。また後世の朱子学の問題設定は、あくまでもそれがなされた時代のものであって、必ずしも朱熹自身の問題意識を反映していないことにも注意すべきである。本書ではこの件も随所に論じた。……筆者は今までそれなりの数の朱熹についての論文を書いてきた。……本書はこれらを解体し再構成し、さらに新たにかなりの部分を補筆して成った。内容的には既発表の論文がもとになっているとはいえ、実際には書き下ろしといってよいものである。単なる論文集ではないつもりなので、関心を持って下さった読者は、通読のうえ筆者が描いた朱熹の思想体系を吟味していただければ幸いである。
本書は、朱熹の思想体系全般の論述を試みたものである。…朱熹の理論構築を検討する時に必要なのは、朱熹が自己の主張の説得力をどこに持たせようとしたかを考えることである。時には論理そのものの力により、時には経書の権威を借り、時には当時の通念に頼る。また朱熹の表現のしかたも問題になる。「Aは即ちB」と書いてあっても、文字通りAとBが合同であるという意味から、Aの一部がB、逆にAの一部がB、という意味まで多様である。ただこれらのことを妥協とのみ見なすのは、我々の驕りである。我々とても時に朱熹以上に理論以外の要素を自己の論述に紛れ込ませているではないか。むしろ考えるべきなのは、自他を納得させるには、我々が雑多な夾雑物と見える要素が必要だったということであり、我々はそのような形を取る思想表現の姿というものを正確に把握しなければならないことである。このような要素をも確実に掬い上げてこそ朱熹の思想研究は充実したものになるはずである。
朱熹の思想体系を描くには、彼の膨大な文献から、学説の柱として重ねて強調されている諸主張を摘出し、それらの相互関係を解明することが有効であろう。わずかの例に固執し、それにはずれる他の多くの論述を無理に否定するような試みに紙数を割くことは徒労である。また片言隻語から「哲学的に」引伸し、朱熹があずかり知らぬ地平にまで行ってしまうのも同様である。更に後に「字義」の類が流布した影響もあろうが、理、気、性、惰、という語に過度にこだわるため、朱熹がそれらを駆使して表現したかった当のものを逃すことも往々にして見受けられる。朱熹はこれらの語を規定するために思想を組み立てたのではなく、これらの語の組み合わせから思想を浮かび上がらせようとしたのであり、それこそを把握しなければならない。朱熹は、性や心は言葉では説明しきれないということを明言することがある。その意味は重い。
また朱熹が駆使する用語は、以前から使用されてきた伝統的なものが中心であるがゆえに、往々にして複数の意味が含み込まれていて、その用語が他のいかなる用語との対比されるかで意味の力点が変化する場合も少なからずある。それゆえ各用語は常にどのような状況で使用されているかを考慮しながらその意味摑まねばならず、具体的作業は本書の随処に行っている。
ともかくも朱熹思想の研究は、資料全体からその骨格を把握し、それで各用例をどこまで説明できるかを検証し、またそこから先に把握した骨格の妥当性を検証するといったフィードバックを繰り返さなければならないのである。
更に朱熹の思想を扱う場合には、一つ大きな問題がある。それはこの思想が聖人を目指して修養する人間にとって意味を持つ思想であることである。たとえば朱熹が湖南学から脱却し一応の定説を四十歳で確立したのは、湖南学の説く已発中心の修養を実修していてその効果に疑問を持ったということが大きかった。もちろんそれに対する理論付けも行っているのだが、実修体験がなくてはその理論の持つ説得力も半減する。このような体得を前提とした思想をどのように扱うのかという問題もつきまとってくる。また後世の朱子学の問題設定は、あくまでもそれがなされた時代のものであって、必ずしも朱熹自身の問題意識を反映していないことにも注意すべきである。本書ではこの件も随所に論じた。……筆者は今までそれなりの数の朱熹についての論文を書いてきた。……本書はこれらを解体し再構成し、さらに新たにかなりの部分を補筆して成った。内容的には既発表の論文がもとになっているとはいえ、実際には書き下ろしといってよいものである。単なる論文集ではないつもりなので、関心を持って下さった読者は、通読のうえ筆者が描いた朱熹の思想体系を吟味していただければ幸いである。
东亚古代的诸民族与国家 豆瓣
東アジア古代における諸民族と国家
作者:
(日) 川本芳昭
译者:
刘可维
出版社:
社会科学文献出版社
2020
- 4
★ 汉民族是什么时候、如何形成的?
★ 一个不同于秦汉社会的“中华帝国”是如何在与诸民族互动形成的?
★ 东亚大陆形成的统一帝国对周边民族与国家会产生什么影响?
【内容简介】
魏晋南北朝时期中国内外诸民族间的抗争与流动,足与西方日耳曼民族大迁徙时代相匹敌,甚至超过其规模。与中原王朝的接触使周边民族逐渐“汉化”,同时中原王朝内部也出现了“胡化”“蛮化”现象。这种双向的“中华化”让一个迥然异于秦汉社会的“新的中华”最终形成。
汉民族乃世界上最大的民族,川本芳昭一直关注其形成过程极其与周边诸民族的互动关系。上至汉唐,下至辽、金、元,川本芳昭从比较史的视角出发,考察鲜卑、乌丸等北方民族,獠、羌等西南民族,以及朝鲜与倭国的“中华化”,以宏大的视野展现了东亚古代的民族与国家。
【本书突破】
① 从“中华帝国的构造”的观点来看,北朝与辽、元、汉代彼此间在国家体制上具有同质性的一面(本书第1篇第4章);
② 朝鲜、日本的古代国家体制也可以看到与上述类似的发展历程(第2篇第1章);
③ 当东亚大陆形成统一帝国时,周边地域(如古代云南、日本等)也会产生同样的波动,这一波动又与周边地域的自立化相互关联,从而呈现出与大陆同样的发展轨迹(第3篇第1章);
④ 北魏史研究中的发现,在辽、金、元甚至清代的研究中也可以看到同类现象,且这种类似性绝非仅仅因为同是非汉民族入华而产生的(第4篇第4章);
⑤ 所谓汉民族的形成,要等到解决魏晋南北朝时期的民族问题后才能得以实现,此时的汉民族已是个较秦汉时期进一步扩大、深化了的概念(第3篇、第4篇第1章)。
★ 一个不同于秦汉社会的“中华帝国”是如何在与诸民族互动形成的?
★ 东亚大陆形成的统一帝国对周边民族与国家会产生什么影响?
【内容简介】
魏晋南北朝时期中国内外诸民族间的抗争与流动,足与西方日耳曼民族大迁徙时代相匹敌,甚至超过其规模。与中原王朝的接触使周边民族逐渐“汉化”,同时中原王朝内部也出现了“胡化”“蛮化”现象。这种双向的“中华化”让一个迥然异于秦汉社会的“新的中华”最终形成。
汉民族乃世界上最大的民族,川本芳昭一直关注其形成过程极其与周边诸民族的互动关系。上至汉唐,下至辽、金、元,川本芳昭从比较史的视角出发,考察鲜卑、乌丸等北方民族,獠、羌等西南民族,以及朝鲜与倭国的“中华化”,以宏大的视野展现了东亚古代的民族与国家。
【本书突破】
① 从“中华帝国的构造”的观点来看,北朝与辽、元、汉代彼此间在国家体制上具有同质性的一面(本书第1篇第4章);
② 朝鲜、日本的古代国家体制也可以看到与上述类似的发展历程(第2篇第1章);
③ 当东亚大陆形成统一帝国时,周边地域(如古代云南、日本等)也会产生同样的波动,这一波动又与周边地域的自立化相互关联,从而呈现出与大陆同样的发展轨迹(第3篇第1章);
④ 北魏史研究中的发现,在辽、金、元甚至清代的研究中也可以看到同类现象,且这种类似性绝非仅仅因为同是非汉民族入华而产生的(第4篇第4章);
⑤ 所谓汉民族的形成,要等到解决魏晋南北朝时期的民族问题后才能得以实现,此时的汉民族已是个较秦汉时期进一步扩大、深化了的概念(第3篇、第4篇第1章)。
東西学術研究と文化交渉 豆瓣
作者:
[日]吾妻重二
/
編著
出版社:
関西大学出版部
2019
- 11
近代東洋学のパイオニアとして言語学や敦煌学、チベット学、大阪文化研究などに大きな足跡を残した石濱純太郎は関西大学の中国学・東西学術研究発展の礎を築いた功労者でもあった。2018年はその没後50年にあたるところから国際シンポジウムを開催した。国内外19篇の論考を収め、石濱の足跡と貢献を明らかにする。